みなとの世界文学振り返り

このイベントには、参加者に事前課題が課されていた。 それは・・・

《「みなと」から連想する本・テクスト1点(”本”には限りません)を持参。》

シンプルなのだが以外と難しい・・・みなさんどんなものを持ってくるのだろう・・・?

会場は、若葉町WHARFのスタジオ。会場に着くと、開始時間までの間、ドリンクや軽食が振る舞われた。(ドリンクはお茶、カルピス、ホットワイン、チャイ、軽食はビスケット、レーズン、チーズというなんとも絶妙なチョイス・・・♡)リラックスできるBGMもプラスされて、味気ないスタジオがおしゃれ空間に変身していてびっくり。クラフトペーパーに印刷されたパンフレットも期待を高める。

開始時間になると、主催者の工藤さんがすすっと前に出てきて、イベントの説明を始めた。工藤さんは、淡々と喋るのだけど、たまにふっと気の抜けたようなことをいって会場を沸かす。

このイベントは、工藤さん以外にも何人かのスタッフさんたちによって運営されているが、ロシア文学、フランス文学、アメリカ文学など、それぞれ皆、別の国の海外文学に興味を持っているそうだ。

ここから、イベントの内容を紹介する。

はじめは、【グループでのおしゃべりタイム】

飲みながら、食べながら、自己紹介と、持って来た「テクスト」の紹介。私たちのチームは、人工知能の本、絵本、海賊の小説、楽譜、洋書、複数冊持って来た人など多彩。パッと見「『みなと』とどう関係あるの?」という「テクスト」でも、話を聞いているうち、「これもこの人にとっては『みなと』なのだな。」と納得できてくる。自己紹介とともに本を紹介すると、本を通して、その人の考え方や嗜好を垣間見ることができる。ちなみに私が持って行ったのは、ディック・ブルーナ(石井桃子(訳))『うさこちゃんとうみ』 だ。

そのあとは、【多言語朗読】の時間

英語、ロシア語、日本語の3カ国語による、異なるテクストの音読が行われる。最初は長與茅さんによる、シルヴィア・プラス「Two Lovers and a Beachcomber by the Real Sea」と、フェルナンド・ペソア「(Ship sailing out to sea…)」。2番目はYahor Kazlouさん(イーゴリさん)の、トルストイ「12月のセヴァストーポリ」(『セヴァストーポリ物語』より)。そして最後は、藤田瑞都さんが読んだ、吉田加南子の詩・エッセイ・翻訳を再構成したものだった。意味がわからなくても、その言語の響きを聴いているだけで気持ちの良い時間だった。朗読はもちろんだが、その前の3人がそれぞれ、「なぜそのテクストを選んだか」を丁寧に語ってくれる時間が参加者を引きつけていたように感じた。自身の生い立ちやそのテクストと出会うまでの物語は、「このひとしか持っていない」濃度を感じられる。

お次は【詩を作るワークショップ】(前半)

工藤さんはこのイベントを、「素人による素人のための読書イベント」だと繰り返し言っていた。工藤さん自身も時を作った経験は特にないとのこと。一体どのように詩を作るのだろう・・・?と思っていると、まずは、グループで会場付近の散歩するそうだ。そこから得たアイデアを元に詩を作るという。〈Ship〉滞在アーティストの5人の俳優さんたちをリーダーに(彼らは何度もこのあたりを散歩していて、若葉町の範囲や近くのおいしいタイ料理屋を教えてくれる。)私たちは、外に出て、暖かい西日を浴びながら、若葉町を歩き始めた。

私たちのグループは、坂東芙三次さんを中心にお散歩。まずは、Googleマップで若葉町の全体を見る。「意外と小さい!」「なんか細長い!」若葉町の形をあらためて確認してまずびっくり。お散歩に超お手頃なサイズ感だった。WHARF前の通りをまっすぐ歩き、時々曲がったり、面白そうなものが遠くに見えたらそれを目指して歩いてみたり、じっと眺めたり。移動のためではなく、詩のアイデアをみつけるために、もしくはただ「歩く」ために町を歩く、機会なんてそうそうないな、と思いつつ、4人であれこれ喋りながら町探検。4人で歩くからこそ、ゆっくりと、じろじろ見回しながら町を歩ける。一人だったら勇気がいること。

やたらとあるタイ古式マッサージ、それほどではないけどなかなかの数あるタイ料理屋、猫ギャラリー、ゴマックス、壁全面に張り巡らされた蔦の紅葉、刺青保存會、語りかけてくるシャッターなどなど、数えればきりがないほど、「?」なもので溢れている。こんなに小さなエリアだけど、散歩するには飽きない町だ。あと、この辺にはお隣の伊勢佐木町を名乗る建物が多く、「若葉町」と名のつく建物は少ない印象。芙三次さんと「『若葉町』ってかわいいのにね」と話していた。

あっという間に時間は過ぎ、最初のスタジオに帰ってきた。円く座って一息ついていると、工藤さんが小さな画用紙を渡してきた。「そうだ、詩を書くワークショップだった。」お散歩が充実していた私たちは、そこでふっと我に帰る。「詩かあ・・・」「詩、うーん」となっている私たちをみて、工藤さんが再びやってきた。彼がおもむろに取り出したのは「ストラテジーカード」なるもの。工藤さんオリジナルの、アイデアを詩の言葉に落とし込むための「戦略カード」なのだそう!10数枚のカードの表には、造語の動詞が書かれていて、裏にはその解説がある。(写真を見て欲しい)このワークショップには、他にも、お散歩用の「ワークシート」が用意されており、お散歩中に見つけたものを詩のアイデアとして活用するためのとっかかりにできる問いかけが書かれていた。

「詩を作る」という非日常的な行為へのステップは、日常の感覚からは、ぐっ、と力まないと上がれない。このイベントには、スロープ的な役割を果たしてくれる装置がそこかしこに用意されていて、静かなやさしさを感じる・・・

うなりながらも、みんななんとか詩を完成させ、それをそれぞれのチームの俳優さんたちに手渡す。さてここからは、下の劇場に移動しての詩の朗読会。劇場はセットなどは何も組まれておらず、ただ椅子がたくさん置いてある、白い空間。窓の外が見え、前の通りが見える。道行く人々とも、たまに目があう。

それぞれのチームの俳優さんたちが順番に前の椅子に座り、チーム全員の詩を読んでくれる。(自分で読むとなるとちょっと緊張してしまうだろうな。)「お〜」となったり、笑いが起きたり。詩を聞くと、「この人たちはどんなルートを歩いたんだろう・・・?」という興味が自然と湧いてくる。みんな「いつ自分の詩が読まれるか」緊張しながらも楽しみにしている、そんな空気があった。自分の詩が読み上げられ、静かな劇場空間全体に響くとき、それはほんの一瞬の時間なのだけど、自分のからだが舞台に上がって、照明を浴びているような、そんな不思議な感覚になった。

こんな短い時間で、一人一作品完成させ、みんなでそれを聞き合う。隣の人とのおしゃべりから始まり、お散歩、詩作り、真っ白な劇場での発表会と、日常から徐々に、気がついたら非日常的な空間にたどり着いていた。「みなとの世界文学」は、こんなイベントでした。工藤さんはじめとした企画者のみなさんには、ぜひまた、こういう面白いイベントを継続して欲しいな・・・と思います。もちろん単なる読書会ではないし、何か小難しい本を読んでこなければいけないわけでもない。「テクスト」というものを、素人なりに面白がったり、共有したりすることが許される時間は、生活を豊かにしてくれる。

・ (寺田)