若葉町フラヌール・レポート

【渋革まろんによる若葉町フラヌールのレポート】

〈Ship〉関連企画として準備された「若葉町フラヌール/あるくであそぶ」は、2017年11月27日(月)・30日(木)に二回にわたり開催されました。一般の参加者に混じって滞在メンバーも体験、この後に続くレポートでもその感慨が綴られています。

すでに参加者による備忘録は掲載してありますが、コンセプターとしての立場でどのように映ったのか、渋革まろんさんに振り返ってもらいました。

[フラヌールへのお誘い(渋革まろん)]

横浜に新しくオープンしたアートスペース「WAKABACHO WHARF(若葉町 ウォーフ)」。その周辺を二時間くらい歩きます。そこで見つけたものを最後にシェアして「まち」を立体視してみたいと思います。

普段とは違ったリズムで、歩いてみる。ものや空気や人を見てみる。「まなざし」のレイヤーを切り替えれば、謎めいたまちの姿が目に飛び込み、思いもよらぬ自分の感性が見つかり、驚く。まちが揺らいでわたしも揺らぐ。これが「歩く」で「遊ぶ」フラヌールの愉しみです。

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今回の「フラヌール」では、ナビゲーターに「情熱のフラミンゴ」の島村さんと、「演劇活性化団体uni」の阿部さんを迎えました。以下、主に個人的な視点から、フラヌールに参加した所感を書き連ねていきたいと思います。

(1) 島村和秀「そことここ〜季語を見つける〜」

■ 11月27日(月)14:00〜17:00

 第一回目のフラヌールは、情熱のフラミンゴの脚本・演出家である島村さんをナビゲーターに迎えて、「俳句」をつくる吟行句会を開催した。島村さんは自身の俳句集を刊行するなど、演劇人でありつつも俳句との関わりも深い人。聞いたところによれば、俳句と演劇はかけ離れているようにみえるけれど、〈私〉を滅して、世界の側にある「なまの情感」を読者/観客に直接伝えるところが似ている、とのこと。

 最初に島村さんから散策の基本ルールの説明。俳句は5・7・5のなかに必ず「季語」を入れるので、まちのなかから「季語」を見つけること。そして、俳句をつくった場所で聞こえてくる音を録音すること。

 全員で会場となるウォーフを出ると、早速、ツバメの群れに餌をやる人に遭遇。そこから各自でばらけて歩き始めた。季語を探しながら歩く体験は、思った以上に集中力を要する。僕は川辺を歩きながら、ボスの缶コーヒーを見つけて一句。「ころげボス 枯れ葉に埋もれ 天仰ぐ」。などとやりながら、野毛の方へと足を向ける。冬に差し掛かる11月のおわり。あたり一面に冷たい空気が漂い始める。寒さに耐えながらの散策。しかし「季語」になりそうなものはなかなか見つからない。商店街が活気付く伊勢佐木町に行く。居酒屋やカフェや金物屋や風俗店がごっちゃ。イミテーションの紅葉が目に入り、ふと、記号で作られた「まち」には自然そのものを指示する「季語」なんてないんじゃないか。考えたりもする。

何句かつくり会場に戻った。

 島村さんが全員に色紙を配る。自分がつくった俳句の中からベストだと思ったものを色紙に書き、島村さんに渡すと、どの句がだれのものかわからなくなるように、シャッフルして、きれいに並べた。僕らは長方形に並べられた色紙をまずは一枚ずつ見ていく。いわば全体の印象を遠景でぼんやりと把握する。

 それから、それぞれが色紙を一枚手に取り、円になって座る。そのなかの一人が自分の手にした俳句を声に出して3回詠む。それに対して時計回りで、一言ずつ「批評」あるいは「感想」を述べていく。例えば「木の葉燃える 子どもは鬼ごっ こに燃える」であれば、熱がとにかくすごいとか、あるいは「鬼ごっこ」の「こ」が第3節にかかっているので勢いを感じるとか、内容や構造やイメージについて、結構縦横無尽に語られる。

ここで面白いのは、「俳句を書く」「声に出す」「批評する」という、芸術行為を支える三つのモメントが全部入っている、ということだと思う。演劇に翻訳すれば「戯曲を書く」「演技する」「批評する」の三つがコンパクトに圧縮されて、しかも全員がそのどれもをアクトする平等の権利を持っている。俳句は誰の所有物でもなく、集まる人々の共同性の中に溶け込むコモンズに。「演劇」の理想状態ではないだろうか? これは。

全員が詠み終わる。色紙を裏返す。そこに◎、◯、△をつける。それぞれ3点、2点、1点。その合計点が一番高い句が第一席になる。このときは(なんと!)島村さんの「この先は 右折できない 枯れけやき」が一席に。さすがの経験者である。  最後に、録音してきた環境音を流しながら、それぞれが自分の俳句を詠む。まちで発見された「ノイズ」と「なまの情感」の交差。見えないが、触れられる世界。

(2) 阿部健一「境界線を歩く」

■ 11月30日(木)18:00〜21:00

 第二回目のフラヌールは、自身の出生地である江古田の歴史と文化をリサーチして、生活と演劇を往還しながら新しい関係性の磁場を息づかせる活動をしている演劇活性化団体uniの阿部さんがナビゲーター。阿部さんは作品をつくるとき、地区の境界線を確認して歩くということをするのだそう。そのときに現在の地図(Google Map)と古地図を手軽に比較できる「今昔マップ」を参考にする。例えば100年前の地図と現在の違いを見ていくことで、地区や村の境界がどういった自然物(河など)によって形成されてきたか、あるいは行政区画として人工的に引かれたのか、などがわかる。現在は一つの町内になっているが、実は全く違う文化圏であったことが「地図」から読み取れることもあるらしい。

 今回は、若葉町ウォーフを中心にした周辺の「町」を二人一組に分かれて、その境界を意識しながら歩く、ということをやる。まずはウォーフのある若葉町の境界をぐるりと歩いていく。思っていたよりも、若葉町は細長く、広くはない。かなり細かい単位で「町」が区切られていることが分かる。このあたりは戦後、アメリカ軍に接収されて軽飛行機用の滑走路になった時期があったらしい。そういったことが影響しているのかもしれない。また、若葉町には映画館があり、タイ料理やベトナム料理の店も多い。西側の境界(道路)を挟んですぐには風俗ビルの姿があるが、若葉町に風俗店はない。映画館を中心にした文化的な防護壁が張られているからなのか。

 それから、伊勢佐木町、曙町、初音町、日ノ出町、長者町、末吉町、などに別れて歩いた。ぼくのグループは初音町。黄金町の駅がある線路沿いのガード下は、2001年に神奈川県警の「バイバイ作戦」で浄化されるつい最近までいわゆる「チョンの間」的な風俗店が並び立つ色街だった。(https://chinobouken.com/akebonotyou/)

 ただ、駅名が「黄金町」であるからなのか、「ちょんの間」といえば黄金町のような気がするが、線路沿いのガード下の通りは、初音町との境目にあたり、僕たちはそこを歩いた。かなり暗い。ところどころアーティストのギャラリーとして利用されている家も目につく。「おはじきサッカー」の事務所があった。

 実は「境界を超える」というテーマで、まちの境界線を意識しながら歩くのと並んで、まちの誰かに話しかけてまちのことを聞いてくる、つまりは人との境界を超えるというミッションも課せられていた。しかし、話しかけると言っても、なかなか難しいねと尻込みしていた矢先に開いたドアの向こうに楽しげなアナログゲームがのぞいていたので、勇気を出して話しかけてみた。

 そこが「おはじきサッカー」の事務所だった。上に記した、このあたりの成り立ちについて簡単に教えてくれた。どうも風俗店の浄化が進んだ一方で、「ちょんの間」として使われていた家屋は特殊な構造をしていて一般に居住できるようなスペースではなく困っていたらしい。そこで、アーティストに格安で貸し出し、まちの活性化を図るようになったのだとか。

 それからしばらく話を聞くと、週末に「おはじきサッカー」の国際大会があるという。そんなものがあるのか、と驚く。国際大会に出場する海外の−どの国だったかは忘れた−「おはじきサッカー」の選手が事務所にやってきて、彼らと握手をして別れた。

 それから、北の方へと歩いた。

 閑静な住宅街である。

 しばらく歩く。そろそろ引き返そうかというときに、閉店間際のクリーニング店が見えた。おばあさんがいる。せっかくなので勇気を持って話しかけると、彼女は50年ほど、このまちに住んでいると言った。いまは旦那さんが亡くなって、ひとりで切り盛りしている。彼女は言う。

 「昔はね、この通りも商店街で栄えていたんだけど、ひとつ、ひとつ、店を畳んでいったのよ」。閑静な、と思っていたのは結果的にそうなったということであるようだ。「そこ(右手斜め先を指して)が町内会長の家だから、話を聞きたいなら尋ねるといい。そこのお父さんが中心になって、最近では子ども神輿で毎年、賑わうのよ。」

 それから、ウォーフに戻った。

 ウォーフに戻ったあとは、各グループが見てきた「町」について報告しあった。言い忘れていたが、ミッションは実は3つあって、そのまちを象徴すると思ったものを各グループでひとつ拾ってくるのであった。ぼくらは、特になにかものを拾えたこともなかったので、おはじきサッカーの事務所でもらったパンフを渡した。


【渋革 まろん Maron Shibukawa】

1987年生まれ。京都にて演劇活動をはじめ、08年、「演劇から/で立ち止まり考える」をコンセプトに京都の演劇情 報をまとめたフリーペーパー「とまる。」を創刊。12年、座・高円寺劇場創造アカデミー入所(4期)。15年から、無用 であるがゆえになかったことにされる《トマソン》的な人々を存在させる儀礼《トマソンのマツリ》を企画・演出。同 年、飛び地に生まれた宇宙のように〈他を開く〉活動を個人的な手作業で〈Book〉に綴じる「Marron Books」開始。

【島村 和秀 Kazuhide Shimamura】

西調布のアトリエ「浮く基地」を拠点に活動する「情熱のフラミンゴ」のメンバー。『きれいなひかり』で「第7回せんがわ劇場演劇コンクール」グランプリ・脚本賞。第一句集『電話を切るのが下手な人』(2012,MESS)。https://www.passionflamingo.com

【阿部 健一 Kenichi Abe】

1991年生まれ、東京都練馬区出身。日本大学芸術学部演劇学科劇作コース卒業、千葉大学大学院園芸学研究科在学中。 結成より、演劇活性化団体uniのすべての公演の企画や劇作、演出を務める。演劇と社会の触れ合うところに興味を持ち、 劇場に限らず工場や喫茶店、路上など空間性を重視した創作を行っている。卒業後は創作活動に加え、町を題材にした 創作や小学生対象のワークショップなど、演劇を専門としない人々との企画も実施している。uniの活動と同時に、静岡 を中心に活動する集団・シアタープロジェクト静岡に運営委員として参加し、地方都市での継続的な文化発信にも取り 組んでいる。(https://uni-theatre.jimdo.com/company-profile/)